JapanFoldを支える推論基盤 生物学AIは、言語モデルと何が違うのか

8つのオープンな生物学AIモデルを、国内で運用する計算基盤から無償で提供するJapanFold。その設計と運用、そして言語モデルとは大きく異なる計算特性について紹介します。

Shimpei Hara & David Bennett

Shimpei Hara & David Bennett

2026年9月3日
2026年9月3日

AlphaFoldの登場により、タンパク質の立体構造予測は、限られた専門家のための高度な計算から、幅広い研究者が利用できる研究基盤へと変わりました。現在では2億件を超える予測構造が公開されています。研究者は構造を一から求めるのではなく、既存の予測を起点に研究を進められるようになりました。

生物学におけるAIの役割は、いまや構造予測だけにとどまりません。分子同士の結合様式や相互作用の強さを予測する。特定の標的に結合する新しいタンパク質を設計する。膨大な配列データから有望な候補を探し出す。これまで個別に行われてきた作業が、一連の計算ワークフローとしてつながり始めています。

もちろん、計算だけで医薬品や材料が完成するわけではありません。しかし、実験に入る前に多くの候補を比較できれば、限られた時間と予算を、より有望な仮説に振り向けられます。検証できる仮説の数を増やすことは、新しい治療法や酵素、材料につながる発見の可能性を広げることでもあります。

こうした技術を日本の研究現場で使いやすくするために、私たちはJapanFoldを開発しました。構造予測、分子間相互作用、バインダー設計、タンパク質の検索・分類を担う8つのオープンモデルを、ひとつの基盤にまとめています。ブラウザ、共通API、AIエージェントのいずれからでも、無償で利用できます。

ただし、生物学モデルを安定して提供することは容易ではありません。ひとつのタンパク質構造を予測するだけでも、大規模な配列データベースの検索、アミノ酸間の関係の計算、複数の構造候補の生成が必要です。大量のメモリと演算資源を使ううえ、モデルごとに必要なデータや実行環境も異なります。

数千件、数万件の予測を研究に必要な速度で処理するには、同じ計算を繰り返さないためのキャッシュ、入力サイズに応じたジョブの振り分け、計算資源を効率よく稼働させる仕組みが欠かせません。優れたモデルを研究成果につなげるには、モデルそのものと同じくらい、それを動かし続ける推論基盤が重要です。

ai&は、先端モデルを実際の研究開発で利用できるようにするため、推論基盤の構築と計算資源の提供に取り組んできました。モデルの性能を論文やベンチマークの中にとどめず、必要とする研究者へ届けるところまでを、私たちの役割と考えています。

JapanFoldでは、推論にかかる費用をai&が負担します。日本国内の研究者、大学、研究機関は、すべてのモデルを無償で利用できます。より多くのアイデアを試せる環境を整えることが、生物学研究を前に進め、新たな治療法や分子の発見につながると考えているためです。

JapanFoldは、ai&が「AI for Science」に本格的に取り組む第一歩です。

01 言語モデルのサービングと何が違うのか

フォールディングモデルと大規模言語モデルでは、計算資源の使い方が大きく異なります。端的にいえば、言語モデルはメモリ帯域に制約されやすく、フォールディングモデルは演算性能に制約されやすいワークロードです。

言語モデルは、それまでに生成したすべてのトークンを参照しながら、次の1トークンを順番に生成します。この自己回帰という性質を前提に、現在のサービング基盤は設計されています。長さLの系列に対するAttentionの計算量はL²オーダーです。毎回すべてを計算し直すのは現実的ではないため、計算済みのKeyとValueをKVキャッシュに保存し、新しいトークンの生成時に再利用します。一方で、生成するトークンや同時に処理するリクエストが増えるほどキャッシュは大きくなり、メモリへの負荷が高まります。

近年の言語モデル向けサービング技術は、主にこの問題へ対処してきました。KVキャッシュを仮想メモリのように扱うPaged Attention、処理中のバッチに新しいリクエストを加えるContinuous Batching、小さなモデルが先読みした複数のトークンをまとめて検証するSpeculative Decodingなどです。より新しいアーキテクチャでは、キャッシュを低ランクの潜在表現へ圧縮したり、大部分を固定長の再帰状態へ置き換えたりする試みも進んでいます。

これらの技術が向き合っているのは、1トークンを生成するたびにモデルの重み全体を読み出す必要がある、という制約です。データ転送1バイトあたりの演算は、おおむね1回程度。言語モデルのデコードがメモリ帯域に左右されやすい理由はここにあります。

これに対して、フォールディングモデルは自己回帰型ではありません。逐次的に1トークンずつ生成するループも、処理中に増え続ける状態もありません。その中心にあるのは、残基同士の関係を表すペア表現です。モデルは同じスタックを繰り返し通してペア表現を更新し、その後、拡散モデルを使ってすべての原子座標を同時に生成します。この生成処理は数百ステップに及びます。

重要なのは、計算量の大きいテンソルのサイズが、入力を受け取った時点でほぼ決まることです。

ここで支配的なのは、モデルの重みではなく活性化です。パラメータ数は数億程度で、いったん読み込めばリクエスト全体を通して再利用できます。一方、活性化にはN×Nのペアグリッドが含まれます。ペア(i, j)を更新するには、すべての中間残基kについて和を取る必要があり、1つの要素を更新するだけでもNオーダーの演算が発生します。

入力が数百トークンでも、演算強度は1バイトあたり数百FLOPに達します。言語モデルのデコードと比べると、2〜3桁高い値です。

ペアグリッドそのものにも高い並列性があります。言語モデルのデコードが1ステップにつき1トークンを処理するのに対し、フォールディングでは、ひとつのリクエストだけで数十万件のペア更新を並列に実行できます。ハードウェアを効率よく使うために、多数のリクエストを集めて大きなバッチをつくる必要がありません。

この違いから、言語モデル向けに発達してきた高速化技術を、そのまま適用することはできません。最適化すべき対象が根本から異なるためです。

02 フォールディングモデルの内部

フォールディングモデルでは、ひとつのリクエストの中で数百回のフォワードパスが実行されます。現在のオープンモデルを代表するBoltz-2を例に、処理の流れを見ていきます。

最初のトークン化は、言語モデルとよく似ています。ただし、トークンの単位は物理的です。タンパク質ではアミノ酸残基ごと、核酸では塩基ごと、結合する低分子(リガンド)では原子ごとに、1トークンを割り当てます。たとえば、512残基のタンパク質に薬剤様分子が結合した複合体は、全体で数百トークンになります。

続いて、構造を推定するための文脈を外部から補います。配列データベースを検索し、他の生物種に見つかる数千件の関連タンパク質を、位置ごとに整列させます。進化の過程で2つの位置が連動して変化しているなら、折りたたまれた構造の中で互いに接している可能性が高い。この共進化の情報が、構造を推定する重要な手がかりになります。

この検索は、アクセラレータによる推論が始まる前に、CPUとストレージを使って実行されます。検索結果の品質が、その後の予測精度の上限を左右します。

トランクに入ると、一般的なTransformerとの違いが明確になります。通常のトークン埋め込みに加えて、順序付きのトークンペアごとに128チャネルを持つテンソルを保持し、64層のネットワークが2つの表現を同時に更新します。

ペアテンソルに対する処理は、系列ではなくグリッド上のAttentionです。代表的な演算では、すべてのkについてセル(i, k)と(k, j)を参照し、セル(i, j)を更新します。3つの残基の関係を使って、三角形を閉じるように整合性を高めていく処理です。モデル全体の演算量の多くが、ここに集中します。

さらに、1回の処理だけでは構造が十分に定まりません。そこで、トランクの出力を再び入力へ戻し、同じスタックを複数回実行します。この「リサイクリング」により、トランクの計算コストは繰り返し回数に応じて増加します。

原子の座標が現れるのは、その後です。画像生成にも使われる拡散モデルを用い、トランクの出力を条件として3次元構造を生成します。ランダムな3次元ノイズから出発し、数百ステップかけてノイズを取り除きながら、すべての原子を少しずつ適切な位置へ移動させます。

生成される構造はサンプルごとに異なり、最初の結果が最良とは限りません。そのため実運用では、複数の候補を生成して順位づけします。最後に、2つの小さな予測ヘッドが結果を読み取ります。ひとつは構造予測の信頼度を返し、スクリーニングの途中で信頼度の低い候補を自動的に除外できるようにします。もうひとつは結合確率と結合親和性を返します。これらが、創薬スクリーニングで直接利用される指標になります。

ただし、各処理にかかる時間は均等ではありません。全体の所要時間のうち、前段のデータベース検索が大きな割合を占め、残りの多くはデノイザーの反復処理に使われます。


03 ペア表現と計算コストのスケーリング

ペア表現に多くの計算資源が必要なのは、分子の「構造」が本質的に要素間の関係で決まるためです。

原子を3次元空間に配置するには、原子や残基の間の距離を扱う必要があります。距離は、ひとつのアミノ酸だけでは定義できません。必ず2つのアミノ酸の関係として表されます。そのため、トークンごとの埋め込みだけでは、トークンiとjの距離を十分に表現できません。

そこでモデルは、すべての組み合わせに対してベクトルを保持します。入力長をNとすれば、この時点で必要な表現はN×Nになります。

さらに、距離は互いに独立ではありません。残基iがjに近く、jがkに近いなら、iとkだけが極端に離れることはできません。この整合性を無視すると、3次元空間では実現できない距離関係が生じます。

整合性を保つには、それぞれのペアを、すべての第3の残基から得られる情報で更新しなければなりません。組み合わせの数はN³です。Triangle UpdateやTriangle Attentionという名称は、この三者関係をそのまま表しています。

つまり、幾何情報をペアで保持するためメモリ使用量はN²で増え、三者関係の整合性を計算するため演算量はN³で増えます。

Boltz-2は、順序付きペアごとに128チャネルの値をbf16で保持します。512トークンの複合体の場合、約26万2,000のペア、約3,400万個の数値に相当します。三角演算では、このテンソルの複数のコピーを同時にメモリへ置く必要があります。入力が長くなると、処理時間より先にメモリ容量が制約になります。

04 大規模推論をどう提供するか

DGX B200は、フォールディングモデルを高い性能で実行できます。8基のBlackwell GPUを搭載し、各GPUは192 GBのHBM3eと8 TB/sのメモリ帯域、約9 petaFLOPSのDense FP8演算性能を備えています。GPU間は1.8 TB/sのNVLinkで接続され、ペアテンソルと処理に必要な作業領域も十分に確保できます。現時点で、フォールディングモデルを提供するための有力な選択肢です。

課題は、処理件数を増やしたときに表れます。スクリーニングでは、ひとつの標的に対して多数のリガンドを評価します。分子設計では、生成した候補をさらに予測し、選別しなければなりません。1件の予測コストが、候補数に応じて積み上がっていきます。

ここで重要になるのが、処理のスケジューリングです。入力は配列長ごとのグループに分け、同じグループの中でのみバッチ化します。アラインメント検索の結果は配列ごとにキャッシュし、同じキャンペーンの中で再利用します。互いに独立した拡散サンプルは、順番に処理せず並列に実行します。

演算精度については、モデルの著者が定めた境界を維持します。トランクはbf16、デノイザーはfp32です。この境界を越えて量子化すれば、計算は速くなっても、著者が評価したモデルと同じ結果を提供しているとはいえません。

一方、DGX B200の構成が、このワークロードにすべて適しているわけではありません。B200を特徴づける8 TB/sのメモリ帯域は、自己回帰型のデコードを高速に処理するために設けられています。フォールディングモデルのトランクは、この帯域を十分に使い切りません。

その結果、システムの価格や消費電力の相当部分が、この用途では活用しにくいメモリサブシステムに割かれることになります。高価なHBMを搭載する効果が、言語モデルほど大きくないのです。

制約が重みの読み出し帯域ではなく、活性化メモリと高密度な演算にあるなら、適したチップの姿も変わります。広帯域の外部メモリにダイ面積を使うより、演算器とオンチップメモリを増やす。ペアテンソルを複数のデバイスに分割しても性能が落ちにくい、低コストな接続を備える。GPUというより、大規模な分散SRAMを持つ計算装置に近い構成です。

TenstorrentのBlackholeは、この考え方に沿ったアーキテクチャを採用しています。多数の小さなコアがそれぞれSRAMを持ち、チップ間をネイティブEthernetファブリックで接続し、外部メモリにはHBMではなくGDDR6を用います。

項目

NVIDIA DGX B200

Tenstorrent Blackhole Galaxy

ノードあたりのアクセラレータ

Blackwell GPU × 8

Blackhole ASIC × 32

アクセラレータあたりのメモリ

192 GB HBM3e

GDDR6

オンチップメモリ

小容量のオンダイSRAM

大容量の分散SRAM

インターコネクト

NVLink 1.8 TB/s、NVSwitch

ネイティブEthernetメッシュ

演算精度

トランク bf16、デノイザー fp32

トランク bf16、デノイザー fp32

512残基のタンパク質を対象に、同じワークロードと精度で比較すると、Blackhole Galaxy 1台は、DGX B200と同等のスループットを約5分の1の購入価格で実現します。購入価格あたりのスループットは、およそ5倍です。このコスト効率が、デモ用エンドポイントを無償で提供できる理由のひとつになっています。

Blackholeのような構成は、フォールディングモデルの計算特性とよく合います。ただし、ハードウェアの性能を引き出すだけでは、サービスにはなりません。ソフトウェアを整備し、本番環境で安定して動かし続ける必要があります。その投資が成り立つのは、対象とするワークロードが一定期間、安定して存在する場合です。

JapanFoldでは、処理特性に応じてハードウェアを使い分けています。Blackholeに適した処理はBlackholeで実行し、メモリ容量や対応状況の点で適さない処理はGPUへ振り分けます。

05 今すぐ試す

JapanFoldは、japanfold.aiand.comで公開しています。利用方法は、ブラウザ、API、AIエージェントの3つです。いずれも同じバックエンドへ接続します。

workbench.japanfold.aiand.comのワークベンチは、インストールせずに利用できます。APIはPOST api.japanfold.com/v1/predictionsで、すべてのモデルに共通するリクエスト形式を受け付けます。さらに、npx skills add japanfold/japanfoldでスキルを追加すると、コーディングエージェントからも同じエンドポイントを利用できます。スクリーニングの手順を一度記述すれば、その後の処理を自動化できます。

8つのモデルは、それぞれ得意とする用途が異なります。目的に応じた選び方を以下にまとめました。性能に関する数値は、私たちが測定したものか、モデルの著者が報告したものかを明記しています。

Boltz-2 親和性性能は著者報告

向いている用途 1回の呼び出しで複合体構造と結合親和性の推定値が必要な場合。

避ける用途 標的が抗体–抗原界面の場合。

特性 物理シミュレーションでは数時間かかる計算に対し、数秒で推定値を得られます。

ESMFold-2

向いている用途 数万件の単一配列を高スループットでフォールディングする場合。

避ける用途 複合体、または最後の一段まで精度を追求したい場合。

特性 アラインメント検索がないため、アクセラレータ前段のCPU処理を省けます。一方で、精度とのトレードオフがあります。

OpenDDE DockQ成功率は著者報告

向いている用途 抗体–抗原界面。オープンモデルでは最も強力で、DockQ成功率はPXMeter-ABで51.0%、FoldBench-ABで70.0%、2026ARK-ABで66.4%です。

避ける用途 標的が低分子リガンドの場合。著者自身の数値でも、この用途ではAlphaFold3とProtenix-v1を下回ります。

BoltzGen バインダー成功率は著者報告

向いている用途 タンパク質、ペプチド、ナノボディなどのバインダー設計。

特性 著者らは、標的の66%でナノモル濃度のバインダーが得られたと報告しています。生成型の設計モデルであるため、後段での絞り込みと検証が必要です。

残る4つは、より用途を絞ったモデルです。Protenix-v2はAlphaFold3系統の全原子複合体を予測し、リガンドを扱う場合はBoltz-2と並ぶ選択肢になります。RFdiffusion3は、タンパク質のバックボーンやスキャフォールドを生成します。ESMC(最大6B)は、タンパク質言語モデルの埋め込み表現を提供します。SaProtは構造トークンを配列に組み込み、配列と構造の情報をひとつの埋め込みとして扱います。

出典

著者報告の数値は本文中に明記し、メモリと計算量のスケーリングは算出値、ルーフライン図とレイテンシ内訳図は模式図です。